F log
東京バレエ団の公演、マラーホフ版「眠れる森の美女」 を F 嫁と観に行ってきました。
土日公演の 2 日目、日曜日のマチネで場所は上野の東京文化会館です。
14 時からの公演を前に 上野界隈で腹ごしらえ をしてから小雨降る坂を登って文化会館へやって来ました。
拙ブログにとってマラーホフ版眠りといえば、2009 年の第 12 回世界バレエフェスティバル特別全幕として行われた公演が印象的でした。
マラーホフ版 眠れる森の美女 2009 年 8 月 16 日
遡って読んでみるとまぁ熱い記事であります。
大ファンであるロイヤル・バレエ(当時)の アリーナ・コジョカルちゃん が怪我から復帰した全幕公演だったからです。
版についての言及よりもコジョカルちゃんの比重が多いというトンデモ記事ですが、当時の熱量は伝わってきます。
東京バレエ団がマラーホフ版眠りを再演にあたって今回の目玉はウラジーミル・マラーホフ自身が踊るカラボスです。
ウラジーミル・マラーホフ振付 「眠れる森の美女」 2015.2.8
◆主な配役◆
オーロラ姫:川島麻実子
デジレ王子:岸本秀雄
リラの精:三雲友里加
カラボス:ウラジーミル・マラーホフ
フロレスタン国王:木村和夫
王妃:榊優美枝
カタラビュット/式典長:和田康佑
【プロローグ】
妖精キャンディード(純真の精):小川ふみ
妖精クーラント<小麦粉>(活力の精):乾友子
パンくずの精(寛大の精):渡辺理恵
カナリアの精(雄弁の精):沖香菜子
妖精ビオラント(熱情の精):政本絵美
妖精のお付きの騎士:安田峻介、永田雄大、吉田蓮、和田康佑、宮崎大樹、入戸野伊織
【第1幕】
オーロラ姫の友人:吉川留衣、河谷まりあ、伝田陽美、二瓶加奈子
村上美香、岸本夏未、河合眞里、中川美雪
4人の王子:梅澤紘貴、森川茉央、杉山優一、松野乃知
【第3幕】
ルビー:伝田陽美
エメラルド:村上美香
サファイア:河谷まりあ
ダイヤモンド:二瓶加奈子
シンデレラとフォーチュン王子:吉川留衣-松野乃知
フロリナ姫と青い鳥:中川美雪-入戸野伊織
牡猫と子猫:河合眞里-岡崎隼也
赤ずきん:加藤くるみ
協力:東京バレエ学校
指揮:ワレリー・オブジャニコフ
演奏:東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団
公演についての概況は上記リンクを辿っていただくとして、また例によって思いつくまま感想を羅列したいと思います。
RICOH GR
オーロラ姫
土曜日は個人的には好みではないものの誰しもが認める東バのエース上野水香さんが踊りました。
我々が観た日曜日は古典の全幕が初となるフレッシュな 川島麻美子さん が踊りました。
たった 2 日の公演のひとつをフレッシュなダンサーに任してみる。
マラーホフ先生の大抜擢はひとまず成功裏に終わったといえるでしょう。
出てきた瞬間、オーロラらしい清楚な魅力がありました。
何度も書いていますが、キトリとオーロラは「出」が肝心というのが個人的信条です。
蝶よ花よと育てられたオーロラは、天真爛漫でなければなりません。
それを巧みに表現しているのが登場シーンです。
左右に繰り返されるパ・ド・シャが可愛かったです。
首のかしげ方もオーバーではなかったし、ポール・ド・ブラも柔らかく美しい踊りでした。
F の個人的な好みからいえば、川島さんのアチチュードが大好きです。
ローズはもちろんオーロラはアチチュードが多用されるわけですが、なかなか好みの角度に出会えません。
彼女の場合、F の好みにピタッと合致してとっても気持ちよかったです。
でもこればかりは言葉で説明するのは難しいですね。
とはいえ彼女のオーロラが完璧だったかといえばもちろんそうではありません。
決して否定的な印象ではありませんが、ひと言でいえば安全運転。
全幕の主役が初ともなればその緊張は常人の想像をはるかに超えたものでありましょう。
すべてのパに慎重になったとしてもやむを得ないでしょう。
であるにしてももう少し弾けて欲しかったというのが本音です。
もし主演の日がもう一日だけでもあったなら、その日はもっと大胆に表現出来たのではないでしょうか。
別の見方をすれば、もし安全策を取ってセーブしていたならまだ爆発する余地があるということです。
それを満員の客席を前に披露するにはひたすら経験を重ねるしかないのでしょう。
F & F 嫁が将来、「あの川島麻美子が初めて踊った全幕を観たんだ」 と自慢できるかどうかはこれからの彼女にかかっています。
フレッシュな魅力溢れる若いダンサーの将来に期待しています。
デジレ王子
同じく全幕が初となる 岸本秀雄さん が踊りました。
眠りの王子は登場時間が少ないのですが、岸本さんは強い印象を残しました。
特筆すべきはその跳躍。
軽々と宙を舞い着地もキレイでした。
川島さんとは初ペアという初物尽くしですが、さすがにサポートに関しては進歩の余地を残しているといえるでしょう。
それでもフィッシュで軸が外にブレたオーロラを見事に支えきりました。
川島・岸本ペアはともに若々しく観ていて楽しくなるダンサーてす。
こうした若い踊り手の抜擢をこれからも続けていただきたいと思います。
カラボス
もう何が楽しそうってマラーホフ版眠りのカラボスを踊るマラーホフ自身をおいて他ないでしょう。
若い頃から純粋な王子を踊ってきたウラジーミル・マラーホフが悪の権化に挑むのは観客として大いなる楽しみでした。
それ以上に楽しんでいたのはマラーホフ本人であることは土日のすべての観客に伝わったことでしょう。
長年に渡ってベルリン国立バレエを率いてきたマラーホフは、昨年東京バレエのアーティスティック・アドバイザーになりました。
この日のフレッシュペアの抜擢もそうですし、東京バレエ団全員に大きな影響を与えていると感じられます。
ノーブルな王子を封印したマラーホフもまた魅力的。
歌舞伎を意識したかのようなメイク、要所要所でビシッと決まる見得。
う~ん流石にツボを心得ているというか、見せ場をよくご存じです。
カラボスはヴァリエーションなど踊りは皆無で、マイムと佇まいで見せる役ですがその存在感は抜群だったと思います。
終幕の山場、幸せいっぱいのオーロラ&デジレにカラボスが邪心を持って近付くシーン。
マラーホフの腕の動きとともに音楽がピタッと止み、舞台上のすべてが静止します。
カツッカツッと靴音を立ててふたりに近付くカラボス。
すぐ横で高笑い(もちろん演技だけですが)をかます場面は緊張がマックス高まるところです。
劇場中がシーンと静まり固唾を呑んで見守るその中、高笑いにつられてクスクス笑い出した観客がいたのが残念です。
これからふたりをどうしてやろうかとカラボスが舌なめずりをしているのであって、決して笑いを誘う場面ではありません。
直後にリラの精が介入して事なきを得るのですが、マラーホフ版カラボスは最後まで舞台上手で負け惜しみを言いつつ去っていきます。
この去り際もの演技も見事でした。
この日満席だった客席の多くはマラーホフのカラボスに期待しての来場だったと思われます。
その思いにキッチリ応えたマラーホフはさすがでした。
他に古典の悪役といえばロットバルトですが、マラーホフ版ロットバルトも観たいですね。
RICOH GR
マラーホフ版「眠れる森の美女」雑感
トップ写真に使ったのはロビーに立てかけてあった今回の公演のコンセプトアートともいえるポスターです。
マラーホフ/カラボスの動画をご覧いただければおわかりのようにぶっ飛んだ衣装デザインです。
特にフロレスタン国王のちょうちんブルマは、東バの☆木村さんだから着こなせた のであって常人には無理です。
カタラビュットのまるで◯◯◯◯◯の様な佇まいは宮殿の要、式典長らしからぬド派手さです。
2009 年の記事でも書きましたが、東洋人向きの衣装では決してありませんね。
カラボスもマラーホフの美脚だからこそ様になったのであって。
リラの精の三雲友里加さんは端正な踊りで好印象を持ちました。
前日の奈良春夏さんのリラも観てみたかったです。
F 嫁は求婚者である 4 人の王子に注目。
中でも梅澤紘貴さんが好みのようでさっそくプログラムでチェックしておりました。
さらに F 嫁はフォーチュン王子の松野乃知さんも好印象だったようです。
こちらは背が高く大きな踊りでした。
東バの男性陣は平均身長が高くはないのですが、マラーホフの薫陶があるのか最近どんどん良くなっているような気がします。
K-Ballet の男性陣とは異なったアプローチで進んでいってもらいたいと思います。
各ジュエル、シンデレラ、フロリナ、子猫、赤ずきんと伝統の終幕を追っているようで微妙に味付けが異なります。
特に赤ずきんのヴァリエーションがなかったのは不思議でした。そもそも狼を首に巻いちゃってるし。
F は青い鳥の入戸野伊織さんが良かったと思いました。
途中不安定な場面もあったのですが、青い鳥らしくゆったりとした高い跳躍が印象的でした。
F 恒例のコール・ド青田買いですが、ひとりタイプのダンサーを見つけたのですがプログラムを見てもよくわかりませんでした。
こればかりは何度も同じカンパニーに通って記憶を深めていくしかありません。
ここから先は多少ネガティブなお話をふたつ。
ひとつは薔薇の扱いです。
マラーホフ版眠りでオーロラの指を突き刺すのはカラボスが持ち込んだ薔薇の刺です。
これはこの舞台におけるマラーホフの世界観が薔薇をモチーフにしていることに起因します。
オーロラ、デジレ、他すべての衣装、意匠に薔薇のデザインが施されているようです。
であるから薔薇の刺に‥というのは象徴的ではありますが、ちょっと待ってと思ってしまうのです。
伝統的な眠りでオーロラを 100 年の眠りに至らしめるのは紡ぎ針です。
国王はオーロラを守るため、国中の縫い物、編み物を禁止します。
オーロラの誕生祝いの際、そこにあってはならない紡ぎ針をカラボスが持ち込み、珍しさにはしゃいだオーロラは指を突いてしまうのです。
マラーホフ版の世界では薔薇は至るところに存在します。
そもそもその前の見せ場、ローズアダージョではオーロラは薔薇に触りまくるではありませんか。
(すべての薔薇の刺を抜かせる国王の強権が発動されたにせよ)
なのでマラーホフ版ではオーロラが特異なものに触れるという危険感が薄いのです。
これを改訂しようとすれば、薔薇の世界観ごとどうにかせねばならず難しいですね。
もうひとつは身も蓋もない話です。
楽しかったマラーホフ版「眠れる森の美女」ですが、深く考えれば考えるほどシュツットガルト・バレエのハイデ版への思慕が募ります。
2009 年のマラーホフ版眠りから遡ること一年、2008 年に観たシュツットガルト・バレエの「眠れる森の美女」はそれは素晴らしいものでした。
シュツットガルト・バレエ「 眠れる森の美女 」 2008 年 11 月 24 日
F がブログに書いた過去の公演の中で再び観たいナンバーワンがこの公演なんです。
シュツットガルト伝説のダンサー、マルシア・ハイデが創り上げたこの舞台はそれほどまでの印象を F & F 嫁に焼きつけたのでした。
マラーホフ版がハイデ版に影響を受けているかどうかは定かではありませんが、カラボスの扱い、舞台装置など類似の点は多いです。
ハイデ版の回廊 (何度も書きますが特筆すべきは全幕動かないこと) に対し、マラーホフ版の背景は若干チープさを感じてしまいます。
宮殿内部ではなく明るい庭園をイメージしているのはわかります。
冗長すぎず、わかりやすく、というマラーホフの意図も成功していると思います。
であるからこそ細かなブラッシュアップを期待したいのです。
それにしてもシュツットガルト・バレエはまた来て欲しいけれど「眠れる森の美女」は難しいでしょうか。
前回ジェイソン・レイリーのカラボスにたいへん感銘を受けたものの、バランキエヴィッチのそれを観なかったことを大後悔したからです。
もし次回があれば全キャストを観たいほど好きな舞台です。
最後に失礼な事を書き連ねましたが公演を観て感じたのは、マラーホフ版はまだ発展途上にあるということです。
ロイヤルの重厚な舞台装置で繰り広げられる正統派もまた魅力的ですが、こうした積極的なチャレンジは応援したいと思うのです。
東京バレエ団で大事にして欲しい演目だと思いますし、個性あふれる日本人カラボスを生むことが必要とも感じます。
ウラジーミル・マラーホフという稀代のダンサーが日本のバレエ文化に寄与してくれていることを幸せに思います。